ガラスの棺 第32話


マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア
クロヴィス・ラ・ブリタニア
ユーフェミア・リ・ブリタニア

三人の皇族は当時の姿そのままに、ガラスでできた棺の中で眠っていた。
彼らを見つめるC.C.に、ルーベンは語りだした。

「私自身にも秘密とされた勅命は、マリアンヌ様のご遺体の保管でございました」

普通に命じるだけでは、いつ裏切られるか解らない。
死者の復活など不可能だと、中途半端な保管をされては困る。
だから皇帝はギアスで記憶を改竄し、絶対服従の従者を作り出していた。
だが、その命令に僅かな変更が加えられたのは、ルルーシュとナナリーが日本へ送られる少し前のことだった。

『儂の家族であるこの者が、再び目覚めるその時まで命をかけて護るのだ。そして日本で儂の家族が死した時には、この者と同じ処置を施せ。この事に関して、平常時は全て忘れよ』

マリアンヌが生き返る可能性に関しては何も告げず、生き返るまで守れと命じた。それは、すべてを忘れ生活し、それと同時に、内臓機能・・・特に脳の機能を失ったこの遺体を、蘇生可能な状態にまで回復させ、保存せよということ。
矛盾を孕んだその命令は、戦争でルルーシュとナナリーが死を迎えた時の保険としてかけたものでもあった。それは、ルルーシュとナナリーの蘇生を願った命令なのか、あるいはマリアンヌの遺体が蘇生に不向きだった時のスペアか。
C.C.は後者だなと冷静に答えを出した。
マリアンヌの遺体の処置は、かなりの時間が経過してから行なわれたため、普通に考えれば使い物にはならない。だから保険として保存の命令を出したのだ。マリアンヌの魂、心と呼ばれるものはまだ生きているから蘇生の可能性もあるだろうが、ルルーシュとナナリーは死んだら終わりだ。遺体を保管する理由がない。生者と死者の枠を取り払おうとしている男が我が子のために、そんな命令するものか。

皇帝の家族。
それはヴィ家だけでは無い。
皇帝としては、万が一V.V.の耳に入ったときのことを考え、三人の名を伏せた結果『皇族が日本で命を落とした時』彼らのギアスは反応した。
そして処置を終えると、再びギアスの力で全てを忘れた。
その結果がこれだ。
日本で命を落としたクロヴィスとユーフェミアの遺体は、命令を思い出した彼らの手によって遺体のすり替えが行われ、処置を施され、ここに保管された。
ルルーシュの遺体は周りの目を欺くために、命潰えたその夜のうちにギアス兵たちの手で枢木スザクの墓の下に埋葬された。その時には既にジェレミアは拘束され、ロイドたちは檻の中。唯一動けるゼロは単独で動き回れるはずもない。
だから、棺の中身がどうなっているか確認できたものはいなかった。
遺体は回収後清められ棺に納められたが、埋めるまでの数時間、墓地の近くにある葬儀屋に保管されていた。その時に死体を入れ替えたのだという。ギアス兵も、ギアスを掛けられた葬儀屋も、墓地の警備員たちも、棺の中を確認せずに埋めた。その時埋められたのは、人と同じ重さでルルーシュに似せただけのマネキンだった。
処置を施されたルルーシュの遺体もここに保管されていたが、釈放されたジェレミアがミレイのギアスを解除した時に、同じ屋敷にいたルーベンたちのギアスも解除された。自分たちがなぜ爵位を失ったのか、何を守るために日本にいたのかそのすべてを思い出した。

ただの遺体。
既に命を終えた肉の塊。
ただし、普通の遺体とは異なる状態。
彼らは響団の技術も取り入れ、遺体には特殊な処置を行った。
皇帝の言う『蘇生』可能な状態にするために。
そのためには死体を人工心肺につなぎ、すべての臓器の機能を取り戻す処置を行う必要があった。不老不死の研究で使われていたC因子と呼ばれる特殊な因子を組み込み、僅かに残る生きた細胞を活性化、そこから徐々に組織の再生を図る。特に損傷激しい脳は一度身体から切り離され、培養液の中で再生を試みた。皇帝から命じられたのはあくまで蘇生。記憶や障害にに関しては一切配慮せず、死んだ細胞と培養した生きた細胞の移植などあらゆる手を講じ脳を再生する事に成功。その後はこの棺の中で保存し続けた。
だがいくら蘇生したところで死者は死者。
機械がなければすぐに活動を止めてしまう。
細胞が死なないように、棺の中で眠らせているだけにすぎない。
皇帝はなぜこのような命令を?と、疑問は常にあったが、家族を失った悲しみを紛らわせるためなのだろうと考えていた。皇帝の命令は絶対。新たな保存技術を開発するための研究資金も、この棺と学園の維持にかかる費用も国の研究費として秘密裏に支払われていたため、資金難になることはなく、ギアスの影響で疑問を抱くことも無く研究を続け、この学園と棺を維持し続けていた。
キャンセラーですべてを思い出すまでは。
全てを思い出したルーベン達は、魂を失った彼らをどうすべきか考えていた。
ルルーシュは本来埋められるはずだったスザクの墓の下に埋め直したが、残る三人の扱いに困っていたのだ。
彼らを埋めるべき墓に近づくのは不可能だろう。
目覚める事のない、嘗て人であった者たち。
結論が出ないまま5年が過ぎたある日、そこにわずかながら変化が起きた。

「・・・これは・・・ははは、何の冗談だ?」

思わず乾いた笑いをこぼしながらも、C.C.は目の前にある遺体を見つめた。
見間違いか?でなければ質の悪い悪戯だ。
こんなことありえない、あってはならないことだ。

「残念ながら冗談ではございません」

小さなつぶやきだったC.C.の言葉に対し、ルーベンは律儀にも返事をした。
三人の中でただ一人、ユーフェミアの棺の傍には幾つもの機械が置かれていた。それらは明らかに医療用の機械で、ユーフェミアは他の二人とは違い病衣を身にまとっていた。その体のいたるところに機械が取り付けられており、恐らくそこから得られた情報が、こちらの機械に送られているのだろう。棺の蓋はきっちりと閉じられているため直接触って確認はできないが・・・いや、そんなデータを見なくても、直接触れなくても目で見て理解ることだと、C.C.は一度両目を閉じ、深呼吸をした。
そして再び現実と向き合う。

「ありえないことだが、現実に起きた以上受け入れるしか無いな。・・・間違いなく、ユーフェミアは蘇生している」

心電図を見みると、1分に数回という僅かな回数だが小さな反応が出ており、注意深く観察していれば、ごくたまに見間違いかと思うほど僅かにだが、胸が上下しているのが見て取れる。
他の遺体とは違い、間違いなく生体反応を示しているのだ。

「脳波も僅かにですが反応がございます」
「はははは・・・そうか、生き返ったのかこの娘は」

そこまで言ってC.C.は口を閉ざし、すっと目を細めた。
ユーフェミアが撃たれたのは腹部。
しかも1箇所だけだ。
すぐにアヴァロンで治療を行ったが、助かること無く死を迎えた。
その後遺体が腐敗しないよう、アバロン内のカプセルですぐにこの体を冷やしたはずだ。それを持ちだしたのであれば、確かに蘇生できる可能性は一番高い。
だが問題はそこではない。
なぜ、C.C.がここに呼ばれたのかだ。
そして、なぜ未だにこの棺の中にユーフェミアがいるのか。
探るような表情を向けてきたC.C.にルーベンは「そのことでお知恵をお貸しいただきたいのです」と言ってきた。

「私には何も出来ないぞ?」

これは医者の仕事だ。
まずここからだし、蘇生処置を施すべきだろう。・・・本来なら。
だが、それをせず仮死に近い状態のまま保存しているということは、何かしらの問題があったということだ。

「医者の手ではどうにもならなかったということか?」
「左様で御座います。蘇生処置を施しましたが、何も変化を得られませんでした」
「植物状態ということか?いや、違うか」

変化が得られないということは、心拍数も呼吸も今と変わらないということだろう。だからできるだけ現状を維持するために棺に保管したのだ。

「何時からこの状態なんだ?」
「ルルーシュ様のご遺体が盗み出された日にございます」

つまりC.C.がブリタニアに着き、追い回される前日か。
これだけ追い回し、C.C.をここに連れてきたということは、ユーフェミアを蘇生させたいということなのだろうが、それは無理な話だ。C.C.にはそんな力はない。

「ルーベン・アッシュフォード。お前はどこまで知っている?そして私に何を聞きたいんだ?」
「全ての生命が生まれ、そして死んだ後に帰る場所の研究を、陛下はなされておいででした。そしてC.C.さまはかつてその研究の責任者だった」

Cの世界のことも知っているのか。
一体シャルルは何をどこまで話しているのやら。

「そして、C.C.さまはその世界と繋がっている数少ないお方だと伺っております」
「それで?」
「ユーフェミア様のお体が蘇生したとしても、魂はすでにここではなく、死後の世界にあるため、生き返ることは不可能だということでよろしいのでしょうか」
「そうだな。ユーフェミアの魂はCの世界に還っているだろう」

だから、いくら身体が生き返っても、魂と呼ばれるものはここにはない。

「では、その世界と繋がっているC.C.様を通して、こちらへユーフェミア様を戻すことは可能なのでしょうか?」
「私を通して、だと?」

ルーベンは冗談でも何でも無く、真剣にそう訪ねていた。
死者の魂を現世に導く。
不可能だと切って捨てるのは簡単だが、本当に不可能なのだろうか?という疑問が頭をよぎった。まるで何かに導かれるように、一つの可能性を脳は導き出す。
そうだ。それは、この魂なき器にCの世界に記録されたユーフェミアの記憶をダウンロードするということではないだろうか?
シャルルのギアスで記憶を改ざんされたルルーシュを救うため、Cの世界にアクセスし、その脳に記憶をダウンロードした。それと同じようなことを行えば、破損した脳の記憶を修復し、魂を呼び戻すことは可能ではないか?
想定外の提案と、自分でも驚くような結論にC.C.は困惑した。

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